最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたこと、気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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“当たり前”のこととして、担任色に染まる。

先日、とあるクラスの様子を見る機会があった。

 

そこで、先生がある質問をして、子どもたちが挙手をする場面。

 

その瞬間、私は違和感を感じた。

 

子どもたちが黙って手を挙げていた。

 

…ん?なんだこの感じは…。

 

その後、再び子どもたちが挙手をする瞬間に出会う。

 

やはり…黙って手を挙げている。

 

強い違和感を覚えた。

 

 

 

 

また別の話。

 

これは我がクラスのことだが、子どもたちは朝、教室に入るときは必ず挨拶をしている。

 

声の大小の違いはあるが…(ほとんどは教室に響く声で挨拶をしている)

 

ある日、1人が黙って入室してきた。

 

声が小さいのではない、黙って入ってきたのだ。

 

そこに非常に強い違和感を感じた。

 

私の中で、ものすごく引っかかった。

 

 

 

 

 

私の感覚。

 

挙手するときは「はい」と言う。

 

朝一番で教室に入室するときは「おはようございます」と言う。

 

このことは、今となっては逐一指導しているわけではない。

(年度当初には指導したり教えたりしていた)

 

それらは“当たり前”のこととなっている。

 

それが“普通”の光景で、そうすることに何の違和感も抱かない。

 

だからこそ、そうでない時に強い違和感を覚える。

 

 

 

 

「はい」と言いながら挙手をする・しないのどちらが良いとか悪いとか、そういう話ではない。

 

ただ、私はそういう感覚(価値観)をもっていて、それがクラスの子にもやはり浸透していて…

 

今回、そうでない状況を見た時に強い違和感を覚えたから、

 

改めてこういうことを考える機会となった。

 

 

 

これは余談だが…

 

入室するときに挨拶をしないで入ってきた子…

 

この子は普段は挨拶をする。

 

その日は黙って入室してきたということは…

 

何かあるんだろう。

 

そういうことを考える。

 

いつもよりも注意して様子を見たり、声をかけたりできる。

 

 

 

思い返せば、この子たちと出会った4月は…

 

これらは“当たり前”ではなかった。

 

黙って手を挙げていたし、黙って入室してくる子がいた。

 

もう一度言うが、それらの良し悪しを言いたいのではない。

 

こういう風に子どもが変容してくるというのは…

 

ある意味、「担任」の色に染まってくるとも言えるのだと思った。