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最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたこと、気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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今までにないキャラ設定かもしれない。

今年度は、だいぶ自分自身の“キャラ”が確立している。

 

けれども、それって“演じている”のではなくて、どちらかといえば、素に近い自分なのかなと思う。

 

だからこそ、楽しい。

 

一言でいうならば…

 

アホキャラ。

 

いや、これはマズイ…

 

印象が悪い。笑

 

なんというか…明るくて、楽しくて…

 

いやいや、それって“普通”の先生じゃん!って思うかも。

 

けど、本当、そんな感じ。

 

堅さがない。

 

けど、絞めるべきところではきちっと絞める。

 

6年担任だが…

 

子どもの呼称は、呼び捨てだったり、「〜ちゃん」だったり、あだ名だったり…

(授業中は、基本は「〜くん」「〜さん」で呼ぶ)

 

ここも今までとはちょっと違う。

 

さて、これからどうなっていくか。

 

もうすぐ6月。

 

と、その前に研究授業だ。

 

丸つけは、暇な仕事なのか。

職員室での丸つけ作業。

 

よく見かける光景だ。

 

ただ…

 

職員室での丸つけって、なんとなく「他にやる仕事がないんです」というメッセージが含まれている感じがする。

 

いや、決して丸つけをしている側からしたら、そんなことはないんだが。

 

周囲から見たら、そう見えるのではないだろうか。

 

学年の先生が、何か“忙しそうな”仕事をしている時に、その傍らで黙々と丸つけをしているのは、どうにもやりにくい。

 

関係性とかにもよるが…。

 

丸つけをするのが悪いとかではなく…

 

そういう風に思われるかもしれない、という感覚をもつことって、実は大事なんじゃないかと思う。

 

 

立ち仕事。

授業中に…

 

座席に座っている教師を見かける。

 

テスト中などの、“作業中”であるならば、まだ分かる。

 

が、そうではなく、“普通”の授業中。

 

座っている状態から、指示を出している。

 

座っている状態から、子どもを指名している。

 

なんとも…不思議な光景。

 

というか…怠慢だろう。

 

 

 

座っていなくとも、教卓に肘をかけて全身を預けている姿も…。

 

どうした。

 

そういう姿勢を“あえて”見せているのか?

 

「これは、悪い見本です」と。

 

よくわからない。

 

「こういうものでしょう」と思っているのだろうか。

 

子どもの目にはどう映る?

 

だらっとした雰囲気は、少なからず蔓延する。

 

 

 

 

私は…

 

常に“姿勢”を保つようにしている。

 

椅子に座ることなど、滅多にない。

 

子どもがいる時間帯で、給食の時間を除けば、ほとんど“立って”いる状態。

 

座っている暇がない、というのもあるが…

 

座ってやることなんて、何がある?

 

いろいろ思う。

 

 

バタンキュー。

研究授業1週間前。

 

指導案、一つもできていない。

 

なのに、思いは高まり…

 

自らで“授業”のハードルを上げている。

 

楽しい授業…

 

公言しているようなものだ。

 

追い込みすぎていやしないだろうか…

 

ちょっと疲れている。

 

昨日は、本気でバタンキュー。

 

 

キャラが教材。

授業において、「教材」というのは、一つ重要なものとなる。

 

例えば…

 

りんごが3個とみかんが2個、合わせていくつ?

 

という問題。

 

メッシのサイン入りサッカーボールが3個とロナウドのサイン入りサッカーボールが2個、合わせていくつ?

 

という問題。

 

バレンタインに女の子からもらったチョコが3個と、男の子からもらったチョコが2個、合わせていくつ?

 

という問題。

 

いや、全部が今、思いついた適当な問題なんだけども…

 

これらはどれも3+2という立式となる。

 

けれども、問題(教材)が違う。

 

どの問題が、子どもに関心を持たせるだろうか。

 

改めて言うが、これは今、思いついた問題。

 

そして、こうやって単に言葉遊び(?)だけで子どもを惹きつけるのも、それは浅いのだが…

 

教材が一つ、重要になるということはご理解いただけただろうか?

 

 

そこで本題。

 

「教師」も、教材となるということ。

 

厳密に言えば…教師のキャラかな。

 

そのキャラ自体が一つの教材となる。

 

これまた浅い思いつきの例だが…

 

いつもニコニコ笑顔の教師と、

 

いつも無愛想な教師。

 

果たして、どちらの教師の授業に魅力があるだろうか?

 

もちろん、これだけでは判断はできない。

 

が、これも判断材料の一つとなりうる。

 

教師のキャラ。

 

今年度は、結構自分のキャラが固定化してきている。

 

もちろん、いい意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうする、道徳。

学べば学ぶほど…

 

葛藤する。

 

今、道徳について学んでいる。

 

自分の思い描く“道徳”と…

 

研究で提案されている“道徳”と…

 

「偉い人」が本に書いてある“道徳”と…

 

知れば知るほど、葛藤する。

 

方法にこだわると…

 

子どもが見えなくなる。

 

方法ありきの授業ではない。

 

でも…

 

研究では「型」が提示されている。

 

守・破・離でいう「守」のところ。

 

自分で納得できるのならば、それでいい。

 

けど…

 

授業をイメージした時に、子どもが全然ワクワクしていない。

 

道徳って、こんなものなの?

 

あぁ、悩む。

 

けど、悩んでいる時間は、もうないぞ。

 

焦りの中での読書。

研究授業に向けて、読書中。


いいなぁ。


勉強になる。


しかし、「焦り」がある。


研究授業とかなければ、ここまで切羽詰まって読まないが…


研究授業だからこそ、集中して読むという面もあるのだ。


本当は、何にも追われずにじっくりと読めるのがいい。