最笑はGOOD!〜全力で前に突き進む〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたことを気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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【本物】「一流」を見る

どの仕事にも「一流」というものがある。

 

仕事だけでなく、スポーツの世界においてもそう。

 

ラグビーで言えば、トップリーグで活躍している選手は「一流」であろう。

 

世界で言えば、ニュージーランド代表のオールブラックス

 

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Home | allblacks.com

 

そのプレーには、ラグビーを知らない人でさえ惹きつけるものがあると思う。

 

清掃人(という言葉が適切か分からないが…)にも、一流がある。

 

まずは、カストーディアル。

 

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カストーディアルキャスト | 東京ディズニーリゾート キャスティングセンター

 

ディズニーランドで見かけたことがあるであろう。

 

掃除をするエンターテイナーであると思っている。

 

次に、テッセイ。

 

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『7分間の奇跡』JR東日本テクノハートTESSEI(テッセイ)~奇跡の職場~ |イマコレ

 

新幹線の掃除を、あっという間に行ってしまう…

 

その技術には圧倒されてしまう。

 

 

 

何事においても、「一流」というものは存在する。

 

我々、教師にも「一流」があると思っている。

 

そして、その「一流」を実際に見ることで、自分の認識がガラリと変わる。

 

「これが最高…」と思っていたレベルより、遥か上のレベルを知ることになる。

 

「一流」を知り、実際に自分の目で見ることは、大切だ。

 

 

 

先日の給食の時間。

 

4時間目が専科の授業だったために、子どもたちは少し遅れて教室へ戻ってきた。

 

私は空き時間だったので、子どもたちが戻って来るまでに、できる限りの給食準備を一人で行っていた。

 

私が取り掛かったのは、スープの配膳。

 

とにかく配膳台にスープの入ったお椀を並べていった。

 

子どもたちが戻ってきたら、そのまますぐに配膳できるようにと…

 

そして、子どもたちが戻ってきたときに最初に発した言葉…

 

「すげーーーー!」

 

どうやら、私の配膳スピートと、その圧倒的なお椀の量(30個近く並べていた)を見て驚いたようだ。

 

その日から、子どもたちの配膳に対する意識がガラリと変わった。

 

給食準備にかける時間も短縮していった。

 

決して、私は配膳の「一流」ではないが、少なくとも子どもたちよりはテキパキと行える。

 

 

 

 

「一流」を見ること。

 

百聞は一見にしかず、と言うが、やはり“本物”を見ることは大切だ。

 

 

 

【楽しさと学力】何を優先するか

以前行ったセミナーで、こんな質問をされたことを思い出した。

 

 

 

楽しいけど、子どもに力がつかない授業

 

楽しくないけど、子どもに力がつく授業

 

あなたは、どちらがいいですか?

 

 

 

なんだか、すごーく究極。

 

カレー味のう○○と、う○○味のカレー、食べるのならどっち?なんて質問が昔に流行ったけど、それくらい絶妙(?)な質問…。

 

ちなみに、ここで言う「楽しい」とか「力がつく」の定義は省きます。

 

ご自身の感覚で考えてください。

 

 

 

 

 

私も、その時めちゃくちゃ真剣に考えました。

 

そして、「どちらにするか」挙手を迫られたので…

 

はっきりは決まらないまま「楽しくないけど、子どもに力がつく授業」に挙手しました。

 

会場全体では、どちらの立場にも挙手がありました。

 

そこで、講師の方がいいます。

 

 

 

私は…

 

 

 

 

 

 

楽しくて、子どもに力がつく授業でないといけないと思います。

 

 

 

ちょっと…ずるい!笑

 

けど、納得です。

 

当たり前ですが、そりゃ、そうですね。

 

 

セミナーでの話は、ここまでなのですが…

 

これについて、私自身どうだろうと振り返ってみたのです。

 

すると、ここ最近で傾向(考え)が変わってきているなと実感。

 

以前は、楽しさ優先でした。

 

ざっくりと言えば…

 

楽しく学習していれば、自然と力がついてくるだろうという考えです。

 

だからこそ、子どもたちが熱中するような授業、知的好奇心が刺激されるような授業を目指していました。

 

それもすごく大事だと、今でも思います。

 

ただ、そこに「子どもに力をつける」というはっきりとした思いは…なかったように思います。

 

誤解しないでいただきたいのは、「子どもに力をつけなくてもいい」と思っているのではありません。

 

子どもに力をつけていくのは、当たり前なのです。

 

その当たり前のことを、強く強く意識していなかったな…ということ。

 

 

 

 

今は、そこが強く意識されています。

 

「子どもに力をつける」

 

「子どもを伸ばす」

 

こういう思いが強い。

 

だから、冒頭の質問では、後者の考えに挙手したのだと思っています。

 

 

 

 

もう少し、具体的に話をしてみます。

 

例えば、2年生の担任だとして…

(私自身、2年生の担任経験はないのですが)

 

2年生では「かけ算九九」を学習します。

 

では3年生に進級した時、全員が「かけ算九九」を習得しているかどうか。

 

もっと言えば「かけ算九九」を自在に活用できるかどうか。

 

「7×8は?」と問われて、一瞬で「56!」と答えられる。

 

「かけ算九九」を習得していても…

 

「しちご35…しちしち49…しちは56…あ、56!」と答えている子、実際にいます。

 

九九は言えるけど…というレベルでは今後、桁数が増えた時やわり算のときに、スムーズに計算ができません。

 

「力をつける」というのは、一つにこういうことだと思います。

 

3年生では、「かけ算九九」はできることを前提で、教科書の学習が進んでいきます。

 

ただ、「かけ算九九」を習得できていない子も、決して珍しくありません。

 

もちろん、そういう場合は個に対応していきますが…

 

以前の自分だったら、そこの視点がすっぽりと抜けていたように思います。

 

きっと2年生を担任していても、「全員が九九を活用できるレベル」にまで鍛えていなかったと思います。

(もちろん学習において特別な支援を要する子もいますので、「全員」というのは一概には言えません)

 

 

 

楽しく、子どもに力をつけていく。

 

この視点を忘れずに、日々過ごしていきたいものです。

 

 

 

 

【言葉】何度転んでも…

「七転び八起き」

 

聞いたことはあるだろう。

 

転んでも、何度でも立ち上がる。

 

その精神は、ラグビーのそれに似ている。

 

ラグビーというのは、1試合の中で幾度となく倒れる。

(ポジションにもよるが…)

 

その度に起き上がる。

 

正直、後半の方はスタミナも切れてきて、「このまま横になっていたい」とまでは思わなくとも、立ち上がることに相当の気力が必要なときもあった。

 

それでも、立ち上がる。

 

強い精神力とタフさ。

 

そういったものを表す言葉でもあると思う。

 

 

 

 

しかし、私はこの言葉も好きだが…

 

こちらの本を読んでからは、ちょっと違う。

 

 

子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話

子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話

 

 

 

百転び一起き。

 

 

この著書から言葉を引用して紹介する。

 

「七転び八起き」という言葉がある。

ほんとうに転ぶたびに起きられる人がどれくらいいるだろう。

 

 

転んで立ち上がろうとしてはまた転び、今度こそはと思ってもまた転ぶ、というのが普通なのではないだろうか。

 

 

「最後に立てばよい」のだ。それが「不屈」ということだ。

 

 

 

最後の最後に立てばいい。

 

物事は、決して全てがうまくいくわけじゃない。

 

失敗がずっと続くことだってある。

 

転び続けることだってある。

 

「転んでばかりで…ちっとも起き上がれない…」

 

そんなことを思う必要はない。

 

最後の最後に立てばいい。

 

私は、こっちの言葉の方が好きだ。

 

 

 

【スイッチ】気持ちを切り替える挨拶

今朝。

 

学校に着いても、なんだか気持ちが上がっていかなかった。

 

最近では、珍しい。

 

子どもたちが登校してくる前、教室で過ごしたが…

 

ダメ。

 

全然、ダメ。

 

なんだか「気」が抜けている感じ。

 

こんなんじゃ、ダメだなぁ。

 

そう思っているうちに、子どもたちが登校してくる。

 

一番手に教室に入ってきたのは…

 

元気な男子。

 

「おはようございます!!」

 

教室中に響く声。

 

この子は、いつもこうだ。

 

素晴らしいエネルギーをもっている。

 

その声を聞いて、私も瞬間で切り替わった。

 

もう大丈夫。

 

 

 

 

時に、子どもはすごいと感心する。

 

一体、この子はどこで気持ちを切り替えてきたんだろう。

 

朝起きた時から…こんなに元気がいいのか?

 

それとも、家を出た時?

 

学校に来た時?

 

教室に入る直前?

 

私なんか…

 

教室に入っても、気持ちが切り替わらなかったのに…。

 

すごいなぁ。

 

負けていられないなぁ。

 

 

 

 

【記録】4月と2月の違い

今年度になり、日々のクラスでの様子や授業実践などを含めた「記録」を毎日書いている。

 

昨日、今年度の4月の記録を読み返してみた。

 

面白い。

 

その当時の子どもの様子や自分の思いが赤裸々に書かれている。

(書いたのは紛れもなく私自身だが…笑)

 

それを読むと、分かる。

 

子どもたちは、確実に成長している。

 

4月18日の記録

朝、子どもたちが登校してくる。

あいさつはするが、声は小さい。まだまだ。

 

ノートを集めさせた。

向きを揃える意識はだいぶついてきている。

が、休み時間前だからか、適当な子が数名。

 

漢字指導のあとは、一学期のめあてを書かせた。

子どもたちからは、質問の嵐。

どうやら、こういうスタイルなのだろう。

教師の話を途中で遮る。

勝手に離席して、教師のところに質問にくる。

統率していくためには、このあたりをきちっとしていかなければいけない。

 

今週から給食当番が変わる。

支度はまあまあ。

客は、席で待っているものの、しゃべっている。

これは、まだまだいけない。

ウェイターは、一方通行を徹底せねばならぬ。

 

これは、記録のほんの一部だが…

 

4月当初の実態が丸見えである。

 

 

 

2月14日の記録

登校。

男子3人が一番乗り。

非常によい声で挨拶。

エネルギーを感じる。

 

音読をする。

今日は昨日とは違う3人を先進隊とする。

3人を前に出し…対面音読。

今日は10個の詩を連続音読。

とんでもないほどのエネルギー。

 

4時間目終了直前。

「この後、何があるか分かる人は起立」

全員が立った。

何をするのか問う。

「ランチルームで給食です」と返ってくる。

「どのようにすればいいか分かる人から行きなさい」

静かに移動が始まる。

今日は準備が早かった。

集中して取り組んでいた。

 

 

4月に比べて、成長している姿がわかる。

 

もちろん…まだまだな点もたくさんあるし、伸び代もたっぷりとある。

 

それでも、こういう成長した姿がはっきりとわかる。

 

最近感じる。

 

指示が減ってきた。

(以前よりも減ってきただけであって、未だにバンバン指示をしている)

 

指示をしなくとも、子どもたちが考えて動いている。

 

今は、この状態が“当たり前”に感じているが、決してそうではないのだ。

 

子どもたちの成長。

 

これに尽きる。

 

あと1ヶ月。

 

まだまだ伸びる。

 

自分の中でも、さらなる子どもの姿がイメージできる。

 

楽しみだ。