最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたこと、気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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私の頰を流れ落ちる大粒の水滴…これは…。

あなたは、自転車に乗ったことがあるだろうか?

 

もし乗ったことがあるならば、想像してほしい。

 

自転車に乗って、軽快に道路を走っている姿を。

 

そのとき、自転車をこぎながら、あなたは何をしているだろうか?

 

そう、歌を歌っているのだ。(断言)

 

ズバリ断言してしまったが、恐らく大半の方が、自転車に乗りながら歌を口ずさんだ経験はあるに違いない。

 

もちろん今朝も通勤している最中、私は抜かりなく歌っていた。

 

しかも雨が降っていたので、雨の音に便乗して普段よりも3割増くらいのボリュームで歌っていた。

 

そこで、大変ショックなことが起こってしまったのだ。

 

今日はそのことについて書いていこうと思う。

 

 

私はGLAYが好きだ

いきなりだが、私は小学生の頃からGLAYの大ファンである。

 

小6の時だったと思うが、名曲「HOWEVER」を聴いたときの衝撃は忘れない。

 

あの曲で私の心はGLAYに奪われた。

 

当時、「HOWEVER」を何度聴いたことだろうか。

 

毎日数十回は聴いていた。

 

学校がある日も、朝起きて数回聴いてから登校し、帰宅してからもリピート再生をして何度も何度も聴いた。

 

GLAYが出演する音楽番組やラジオは欠かさずチェックした。

 

とにかく、毎日がHOWEVERだった。

 

 

HOWEVERを歌いまくった

毎日HOWEVERを聴きながら、TERUの歌声に合わせて私も歌っていた。

 

何度も何度も歌ったものだから、いつの間にかHOWEVERをコンプリートしていた。

 

自分で言うのもなんだが、TERUの歌い方や歌うときのちょっとした仕草なんかは完璧に再現できた。

 

さすがに、TERUのあの独特の声の低さは出せなかったが。

 

当時の私は、まだ声変わりの最中であったと思う。

 

私の体の中に「HOWEVER」が染み渡っていた。

 

イントロから、最後に曲が終わるところまでを完璧に再現できた。

 

自分でも驚いてしまうが、音源を聞かなくても、1秒の狂いもなくスピードやリズムが完璧であった。

 

とにかく、私自身がHOWEVERだった。

 

 

あれから20年…

さすがに、毎日は歌ってはいない。

 

仕事もあるし、家族もいる。

 

職場に行けば、同僚や子どもたちもいる。

 

あのときとは、環境が変わったのだ。

 

毎日は歌えまい。

 

そのため当時よりもクオリティが落ちていることは確かだ。

 

それでも、歌詞は完全に覚えていた。

 

いつでも口ずさむことができた。

 

例え、お酒で酔っ払っていても、(カラオケで)マイクを渡されれば歌詞を見ずに完璧に歌い切ることができた。

 

とにかく、この20年間もHOWEVERだった。

 

 

今朝、雨の中、久しぶりに歌った

今朝、通勤中、ふとHOWEVERを歌いたくなった。

 

いつもよりも3割増のボリュームである。

 

気合いが違っていた。

 

他の歌を歌うときは、私の知っているところから歌ったり、定番のサビから歌い始めたりしている。

 

しかし、今日は「HOWEVER」である。

 

抜かりなくイントロから口ずさんだ。

 

やわらかな風がふく この場所で 今二人 ゆっくりと歩き出す

 

いい感じだ。

 

今日は、声の調子がいい。

 

月曜ではあったが、気分が少し上がってきた。

 

幾千の出会い別れすべて この星で生まれて

 

すれ違うだけの人もいたね 分かり合えないままに

 

 

当時、この曲を聴いたのは小学校6年生。

 

果たして、この歌詞の意味をどれだけ理解していたのか。

 

今とは人生の経験値が違う。

 

そういう意味では、解釈レベルは今の方が高いのであろう。

 

とにかく、今朝の私はHOWEVERだった。

 

 

そして事件は起きる

単刀直入に言おう。

 

先ほどの続き、分かり合えないままに、の後を歌えなかったのだ。

 

歌詞が出てこなかった。

 

そもそも、HOWEVERに関して言えば、歌詞をひねり出すようなことはしたことがない。

 

忘れたことがなかったこともあるが、そもそも私の体に染み込んでいたからだ。

 

「食事をする前って、なんて言うんだっけ?」と、いただきますという言葉を記憶からひねり出すことなんかしないだろう。

 

そのような言葉は、もう自分の中に染み込んでいるのだ。

 

…出てこなかった。

 

これほどショックなことはない。

 

気づけば、私の頰を大粒の水滴が流れている。

 

これは…

 

明らかに雨粒だ。

 

いつのまにやら、雨脚が強まっていた。

 

そんな朝の話である。