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最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたこと、気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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プチ学習発表会。

明日はプチ学習発表会。

 

15分間で我が学年が全校に発表をする。

 

練習期間は約2週間であった。

 

通常授業の合間をぬって行うものだから、なかなか厳しい。

 

しかし、その中で子供たちは楽しく、かつ着実に上達していった。

 

 

 

 

今回行うのは、群読劇。

 

以前、群読のセミナーを受けたことがあり、そこで学んだことを初実践。

 

複数のグループに分かれて、それぞれが群読を行っていく。

 

その指導をするなかで、改めて大切だと感じたことがある。

 

それは、教師がどれだけ具体的な理想像をもっているか。

 

言い換えれば、子どもたちをどのレベルまで引き上げるのか。

 

その最終ゴールを明確に教師がイメージできているかどうかなのだ。

 

なんとなくではダメなのだ。

 

ちょっと具体的な例を挙げる。

 

ある1つの群読で、読む速さ、声量、間の取り方、リズムなど、

 

ちょっと変化を加えるだけで、全く別のものに変化する。

 

レベルが変わる。

 

単に台本を読ませるだけなら、誰でもできる。

 

最終ゴールのイメージがなくてもできるのだ。

(方法さえ教えて練習を重ねれば)

 

しかし、それ以上の「急」成長はない。

 

ある程度の期間、または練習量があれば、子どもたち自身で変化を加えることができるかもしれない。

 

しかし、今回は2週間。

 

かつ、毎日たっぷり練習できるわけではない。

 

たった1文でも、変化を加えることができるがどうか。

 

それは、教師のもつイメージがいかに具体的かにかかっている。

 

幸運なことに、私は“群読の第一人者”と呼ばれる方からセミナーで講習を受けた。

 

そのため、それなりのイメージがあった。

 

が、今回扱った群読の全てがその限りではなかった。

 

私が読んだことのない群読にも挑戦したのだ。

 

残念なことに、こちらのイメージは乏しい。

 

そのため、その程度のレベルにまでしか到達していない。

(もちろん、どのグループの子どもたちは頑張っている)

 

 

 

 

そして、もう1つ。

 

いくら具体的な理想像(最終ゴール)が明確であっても、

 

そこに行き着くための、指導力がなければいけない。

 

こちらに関して言えば、一朝一夕で身につくものではない。

 

これまでの経験や勉強量に比例するのだと思う。

 

その点から言えば、今回の群読、私のイメージにかなり近づけたかどうかは正直言って微妙である。

 

しかし、全力は尽くした。

 

子どもたちもこの2週間、全力で取り組んだ。

 

明日、その成果が存分に発揮できることが楽しみである。

 

 

 

今回の群読の指導、

 

教師として振り返れば、とてもよい機会となった。

 

また少し、幅が広がったと思う。

 

武器が1つ増えた感じ。

 

さらに磨きをかけていこう。