【最高⇄最低】あえて「良くないこと」をさせてみる
何事もメリハリをつけることは大切だ。
教育活動においても、時に有効な手立てとなる。
最高の状態を目指すとき、あえて最低の状態を経験させるのだ。
例えば、挨拶。
「挨拶をします。蚊の鳴くような声で挨拶をしましょう。」
すると、何を言っているのか分からないような情けない挨拶になる。
このように最低の状態を経験させた後に、最高の状態を指示する。
「では、次に教室中に響く声で挨拶をしましょう。」
すると、先程とは打って変わって、元気いっぱいの声が響く。
このギャップがいい。
子どもたちもこのギャップを楽しんでいるようだ。
例えば、整列。
「整列をします。隣の友達とおしゃべりをしながら並びなさい。絶対におしゃべりを絶やしてはいけません。」
すると、ダラダラと時間がかかって整列することになる。
「では、次に一言も声を出さずに整列しなさい。」
すると、急に引き締まって素早く整列を始める。
先程とは、表情も違う。
ここで、「どちらの整列がいいですか?」と聞くと、後者を選ぶ。
「なぜですか?」と聞くと、子どもたちの言葉で「整列とはこうあるべきだ」という価値を引き出すことができる。
例えば、記名。
「名前を書きます。最っ高に下手くそに書きなさい。今までの人生の中で一番下手くそに書くんですよ。」
これはこれで楽しい。
「どこの国の言葉ですか?」などと突っ込んであげたくなる字だ。
「では、次に最高に丁寧に書きなさい。一文字一文字に気持ちを込めて書くんです。」
すると、今まで見たこともないくらい(?)素晴らしい字で書き始める。
例えば、水泳。
「クロールをします。その時、バタ足は0%の力です。つまり、腕の力のみで進みます。」
その後、「次は、バタ足20%の力で。」、「次は、50%で。」と、ジワジワとあげていく。
「では、最後にバタ足は120%の力でどうぞ!」
すると、これまで焦らされていた分、力強いバタ足になる。
このように、あえて最低の状態を示すことで、最高の状態が際立つのだ。
子どもたちの動きにもメリハリがつく。
他にも色んな場面で活用できそうだな。
多用はしないけど、ちょっと考えてみよう。