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最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

小学校教師であり、二児の父でもあります。日々のちょっとしたこと、気ままに書いていきます。「最」高の「笑」顔を目指して!最笑はGOOD!(さいしょはグー)

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教師の言葉にこだわる。

以前、とっても「言葉」にこだわっていた時期があった。
「言葉」というのは、「教師から発せられる言葉」のこと。
もう少し具体的に言うならば、「指示」や「発問」といったところだろうか。


岩下修氏の著書に「AさせたいならBと言え」がある。
この本が大変ハマった。

この原則を使うことで、

1.子どもたちを知的に動かすことができる
2.子どもたちは知的に動くようになる

とある。


1つ具体例を紹介。
低学年の我が子が友達の家へ遊びにいく場面。
車への注意を促すためにどんな言葉をかけるだろうか。
当たり前に使われるのが、「気をつけていってらっしゃい」であろうか。
もう少し親切にするならば、「車に気をつけていってらっしゃい」となるかもしれない。

しかし、ここでは「AさせたいならBと言え」が原則である。
岩下氏は次のような言葉を紹介している。


さゆりちゃんの家へ行くまでに、いくつ道路を渡るの?



この言葉を発することで、子どもは頭のなかで「1つ、2つ…」と実際に渡る道路を考え始める。
そして「3つ」と答える子ども。

ここでさらに突っ込む。
「お父さんは、2つ渡ると思うけど」
そうすると再度イメージを喚起することができる。
「やっぱり3つだよ」

ここで初めて、「そうか、じゃあ道路渡るときは気をつけていってらっしゃい」と言葉をかければ、車への注意喚起はより強固になる。



この言葉を知ってからは、私は毎学期の終盤にある「地区児童会」にて活用させていただいている。
登下校で危ないところなどを話し合うときに、「学校来るまでには、横断歩道はいくつ渡るの?」と声かけをしている。
低学年の子どもたちも懸命になって「1つ、2つ…」と数え始めて「4つだ!」と答える。
「そこでは、きちんと車が来ないかどうか気をつけて渡ろうね」と具体的な場所をイメージさせて指導している。




この「AさせたいならBと言え」の原則を活用して、一時期、言葉にこだわっていたのだ。
どういう言葉かけをすれば子どもの行動が変わるか、効果的な言葉かけはどんなものか。

学年合同で100名以上が集まったとき、「静かにしなさい」ではなく、「息を止めなさい」と言ったこともあった。
今思えば、だいぶ強引なやり方だが、それはそれで静かになった。

気をつけの姿勢の際、手をまっすぐにのばすために「手をまっすぐにしなさい」ではなく、「中指に力を入れてごらんなさい」と言ったこともある。
これは先輩から教えていただいた指示なのだが、当時の自分は、「中指がいいか、それとも親指がいいか」とどちらの指を引き合いに出したほうが、まっすぐに伸びるか、なんて一生懸命になって考えていた。

運動会での行進の際「足をしっかりあげなさい」ではなく、「階段を上るように足をあげなさい」と言ったこともあった。
それが効果的だったのかは、実際のところ検証できていない。
しかし、「足をしっかりあげなさい」の「しっかり」という言葉はあまりにも抽象的すぎる。
それよりかは、具体的にイメージできたのではないかと思う。


こんな感じで、一字一句までこだわって言葉を考えていた。
この「言葉へのこだわり」は、今でも自分のなかで大切にされている。
あの当時の経験が、今に生きていると思う。
(自分の発していた言葉の良し悪しは別として)



「しっかり」とか「ちゃんと」とかいう言葉もなるべく使わないように心がけている。
「ちゃんと席に座りなさい」という言葉は、よく聞かれる言葉だが、この「ちゃんと」というのが曖昧で仕方ない。
「背筋を伸ばすこと」なのか、「まっすぐに前を向くこと」なのか、「お尻が椅子に接していること」なのか。


「しっかり並びなさい」という言葉の「しっかり」とは?
「前の人との間隔を適切にすること」なのか、「前の人からはみださないようにまっすぐなること」なのか、「背筋を伸ばしていること」なのか。


きちんと具体的に明確に言葉にしないと、こちらの意図が伝わらない。
そして、その指示に対して変容した子どもを適切に評価することもできない。

教師は「言葉」にこだわることって、やはり大切だと思う。
これからも意識していこう。



今回紹介した本はコチラ。

AさせたいならBと言え (教育新書)

AさせたいならBと言え (教育新書)