【教師主導】学級づくり
どういう学級像を目指すか。
1学期が終わって改めて考える機会があったので、じっくりと自身の学級、そしてこれまでを振り返ってみた。
いい意味でも悪い意味でも、どちらにせよ「教師の存在」が大きい学級になっているなと実感。
それは、今の学級だけでなく、これまでも同様。
もちろん「教師の存在」って、とっても大切なんだけど、その教師が「不在」になったら?
子供達はそれでも変わらずに力を発揮できるのだろうか。
私が初めて担任した子供達。
今はもう高校生の年頃になっている。
その子たちとは、1年間だけの付き合いだった。
諸事情があり、私は別の学校へ。
そのまま子供達は上の学年へと上がった。
しばらくして、子供達の様子に変化があったと聞いた。
正直なところ、決して嬉しいような知らせではなかった。
とても悲しい気持ちになったのも事実。
私がいなくなったから…なんてことを言いたいわけではない。
けれども、少なからずとも影響はあったんだと思う。
今、読んでいる本の中に、こんなことが書いてあった。
子どもたちは、いずれ私たちの前から去って行くんだよ。あんたの学級経営は、あんたでないとやっていけない子どもたちにしているんだよ。
子どもたちの幸せってさあ、次の学級に行っても、うまくやることなんじゃあ、ないの。
赤坂真二先生の本からの引用。
かつてサークルの仲間から言われた言葉だという。
これを読んで、私もハッとした。
自分の作り上げた学級がよかったかどうかは置いておいたとして、「私から離れた後のこと」まで意識したことはなかった。
そういう意味では、やはり「教師の存在」は大きかったし、だいぶ教師主導だったと思う。
それが悪いってわけじゃないと思う。
教師がぐいぐい引っ張ってリーダーシップをとっていくのも必要だと思う。
けど、その状態のまま3月にお別れしてもいいのだろうか。
そんなことを考える今日この頃。
子どもたちの自主性や自立心(自律も)を育てていくことも大切だなと感じている。
今、読んでいる本はコチラ。
自ら向上する子どもを育てる学級づくり 成功する自治的集団へのアプローチ (学級を最高のチームにする極意)
- 作者: 赤坂真二
- 出版社/メーカー: 明治図書出版
- 発売日: 2015/03/20
- メディア: 単行本
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